- 【2010年 08月 12日】
- 「日仏マナーのずれ」1 薮内宏 (イラスト 芦野宏)
まえがき 外国人に接して、好意のつもりでしたことがその人を怒らせるときがあります。
サウジアラビアやエジプトのようなイスラム教国では、子供の頭をなでると、親はかんかんに怒りだします。頭は神聖だとみなされているので、イスラム教信奉者は、怒るのは当然でしょう。漫才で突っ込み役がぼけ役の頭を気軽にたたくのを見たら、イラン人やパキスタン人は仰天するでしょう。他国との風俗習慣を無視すると思いがけない誤解を生ずることがあります。日本では、フランスの文化は割合よく知られていて、フランス料理を食べるときのテーブルマナーになじんでいる人は少なくないようです。それでも細かく観察すると、やはり気になる違いはいろいろあります。
フランスと他のヨーロッパやアメリカ諸国のマナーは大差がないので、私がなじんでおりますフランス方式と日本のマナーとの違いを思いつくままに書いてみます。英米式とのちょっとした相違も、気がついたことは記すつもりです。私は、外交官を父にもった昔の帰国子女の一人であり、帰国後、文化ショックをいやというほど経験しました。2003年まで郵政大学校でフランス語を担当した後、翻訳業にいそしんでいる今日この頃です。私の体験が幾らかでもお役にたてましたらしあわせです。
あいさつ あいさつは、日本では、暑さ寒さと天気が目まぐるしく変化しますので、「今日は冷えますね」とか「よく晴れて気持ちがいいですね」と気候と天候を話題にして共有する感情を大切にするのに対して、フランスなどでは「よく眠れましたか」、などと相手の身体の調子を聞く傾向が強い。日本では、親しみも兼ねての場合、「さん」や「ちゃん」、「君」を名前に付けて呼び、一般的に「さん」を名字につけるのに対して、フランスでは、名字には男性に対して「monsieur」、既婚婦人には「madame」、未婚女性には「mademoiselle」を名字の前に付けます。しかし、日本と違って、子供の名前に「ムシウ」、「マドムアゼル」を付けません。「ムシウ・ジャン」のような表現は召使が身分の高い人の息子に呼びかけるときに使います。親しくなれば、おとな同士も名前だけで「ジャン」、「マリー」と呼び捨てにします。
しかし、日本と違って名字の呼び捨てはしません。例外は芸能人と政治家の名字ですが、本人に対してではなく、話題にする場合に限られます。学校の先生も学生を呼ぶとき、苗字の呼び捨てにします。日本では、自社の社長に呼びかけるとき、「さん」を付けません。肩書が敬称の役をしてくれますが、フランスなどでは、「monsieur le directeur」のように「ムシウ」プラス定冠詞を付け加えます。女性でしたら「madame la directrice」と言うとろです。人権では平等であっても、社会的区別ははっきりしています。留学生になれば、先生との接触でも、そのことを思い出して下さい。日本では「先生」と言う呼び方は、かなりいろいろな職業の人に対して使用できて便利ですね。
日常のあいさつは簡単で、初対面でも、「こんにちは」に当たる「Bonjour」プラス「Monsieur」などで済みます。社交の場合でしたら気品のある表現を使いますが、例えば成人女性には「Charmée」(魅惑されました)のように男性が使ったらおかしい表現があり、男性が女性に対して使う「Trés honoré」(とても光栄です)とか「Mes hommages」(私の尊敬の念を)のように女性が使えない表現もありますので要注意です。あいさつの言葉で訳せない表現はいろいろあります。
日本の初対面の「初めまして」や「どうぞよろしく」、別れるときの社交的な「ご機嫌よう」とか仕事場での「お疲れさま」に当たる表現は、フランス語にはありません。女性の場合にはエンゲージリングをはめているかどうか、ちらっと見て判断する必要があります。はっきり分からないときには「マダム」を使う方が安全です。欧米人に比べて、日本の若い女性は実際よりも若く見えます。未成年者お断りのところで入場を断られた人がいると聞いております。
フランス語にも「君」、「僕」式の「tutoyer」と言う砕けた表現があります。ごくわずかな例外を除いて、動詞が同じ発音になるので、この表現は子供向きです。もっとも、親しみを表する言い方でもあり、若い人たちが好んで使っています。
もっとも、社会人は、その言い回しをすれば軽く見られますので、家族や友達、こども相手の場合はともかく、お手伝いさん相手でも、「貴方」、「私」式の表現を使うようにお勧めします。