- 【2012年 11月 28日】
- 「日仏マナーのずれ」27 薮内宏
塩とソース類
塩は純粋ですと塩辛いだけですが、海水から得られた、他の塩類が含まれている塩はまろやかで甘味が感じられます。フランスでは、健康のためにヨードやフッ素を添加した塩もあります。日本と同じく、最近では塩分の取りすぎが問題になっています。食品製造業者に、塩の量を減らすように政府が申し入れているそうですが、食事のファストフード化が進んでいるのは日本と同じです。本来のフランス料理は、日本の料理、特に関東地方や東北地方の料理に比べて塩味が薄い。中世では、大きな丸い土鍋で野菜などを煮ていたのは、炉端で手前にずらしてかけると対流で平均して煮えるからだけでなく、土鍋が塩分を吸収するからだったそうです。妻が試みに土鍋で塩抜きで野菜を煮てみたら、風味がよかったのに驚いたことがあります。もっとも、真夏や肉体労働をした後では、塩分が欲しくなります。
フランスでは、食卓に塩とコショウ、それにムタルド(洋カラシ)が置いてあります。デイジョンのムタルドは有名で、風味がよく、辛味は鋭くない。スパイスとかリキュール類で風味を高めてあるムタルドもあります。
テーブルクロスをソース類でよごしても気にしなくてもよいにしても、塩をこぼせば、わびる必要があります。キリストが、最後の晩餐会のときに、この中に私を裏切る者がいる、と言ったとき、ユダが塩をこぼした故事によるそうです。ですから塩をこぼすのは縁起の悪いことです。日本で塩をお清めに使うのとはかなり違います。しかし、フランス人は塩を思いがけない用途に使うことがあります。いつかフランス人と食事をしたとき、油を含んだ煮汁がネクタイにはねたとき、彼氏は塩を付けて、よくもんで、コップの水をつけてナプキンで拭いたところ、染みが取れました。日本でしたら大根おろしを使うのでしょうか。
テーブルクロスやナプキンは汚してもそれほど気にしなくても良い。もっとも、テーブルクロスとナプキンは、脂肪分などが付いているので、洗濯するとき、衣類とは別に洗濯するそうです。アパートの多くの居住者は、衣類乾燥機を使用しているように聞いています。
フランス料理で際立つのは、ソース類の多様性です。ソースと言ってもウースターソースのことではありません。ウースターソースはイギリス料理には重要ですが、フランス料理には使用されません。レストランでソースを求めても、ウースターソースやトマトケチャップは置いていません。 ウースターソースはイギリスで、オーストラリア当たりからの冷凍肉をおいしく食べるのに役立ってきた点では優れていますが、フランスに居た間、一度も食卓に出たことがなく、日本に帰ってから初めて口にしました。フランスでは、今でもウースターソースを家庭でも使うことがない、と友人のパリッ子が言っていました。
マヨネーズソースとベシャメルソースそしていわゆるフレンチドレッシングはフランス生まれで、後者は種類が実に豊富です。フォンドヴォーソースやドミグラスソース、赤ワインソ-ス、それに魚の骨やあらを出しにして作るソースなど、驚くほど多種多様です。戦前、家庭でごちそうになったとき、スープとソースがほめるポイントでした。日本で味噌汁が一つのポイントでしたが、今は女性も社会に進出しているので、料理に精を出すことができず、出来合いの料理も多用しているので、ほめるのはむずかしくなりました。日本では、柔らかさがほめ言葉になっていますが、風味、食感も重要であることをテレビの食事番組では忘れられているように思います。
日本の代表的ソースはしょうゆであり、今ではフランスで隠し味に利用するシェフがいて、フランスの大都市でしょうゆを入手できるように聞いております。みそとかつおぶしとこんぶもすばらしいですが、まだフランス料理に取り入れられていないようです。日本料理にはかつおぶしがおつゆや煮物にも使用されているので、肉や魚を口にしない、来日したヴェジェタリアンは、日本料理屋によばれたとき、とても困っていました。