- 【2012年 05月 28日】
- 「フランスの今と昔」 7 中津海裕子
トゥール散策
ほんの1、2週間前までは厚手のトレンチコートにスカーフを巻いて震えていたのが、5月下旬になっていきなり夏のような陽気だ。天気が良いと活動的になるもので、パリはモンパルナス駅からTGVで1時間15分(Intercitéならオーステルリッツ駅から2時間)、ロワール沿いの街トゥールを散策してみた。
パリのオルセー駅(現オルセー美術館)と同じヴィクトール・ラルー(Victor Laloux)設計のトゥール駅を出てすぐ、ほんのりと甘くて香ばしい香りが漂ってきた。その正体は駅前のブリオッシュリーだ。1907年創業のパン屋は、徐々に他のパンやパティスリーを減らし、1968年以降はブリオッシュのみを販売している。筆者がトゥールに住んでいた2003年には、選択肢がブリオッシュ、チョコチップ入りブリオッシュの大小のみであったが、今回はそこに50サンチーム追加で好きなフィリングを入れてもらえるようになっていた。ちょうどできたてのブリオッシュにモモ、アプリコット、蜂蜜ミックスのソースを入れてもらう。駅のすぐ隣にある公園でさっそくかぶりつくと、外はパリッときつね色で中はフワフワのブリオッシュから、甘酸っぱいソースがじわっと出てくる。ブリオッシュだけでも十分美味しいが、これはおやつにもってこいだ。甘いソースが苦手なら、ロックフォールソースでもいいかもしれない。
腹ごなしを兼ねて町中を歩き回ることにしよう。快晴の空に、ガロ・ロマンの廃墟の上に建てられた大聖堂がよく映える。完成までの時間が数世紀に渡る建築にはよくあることなのだが、トゥールのサン=ガシアン大聖堂の装飾は左右でずいぶんと違っている。双眼鏡がなくともかなりの部分を肉眼で確認できるので、しばし大聖堂版間違い探しに興じてみた。また、内部のステンドグラスも美しい。この大聖堂は、13世紀の円形のステンドグラスを良い状態で残した、フランスでも稀な建造物のひとつなのだ。
大聖堂を後にし、バジリック・サン=マルタンなどを眺めつつたどり着いたロワール川沿いをしばしそぞろ歩き、中世のコロンバージュ(木骨造)の家々が残るプリュムロー広場にたどり着いた頃には、ちょうど夕飯時になっていた。トゥールの名産といえばやはりワイン。あとは豚肉を使ったリヨン(rillon)にリエット(rillette)、ロワールの川魚を使った料理などがすぐに思いつく。せっかくなので、リヨンとリエットを少しずつつまみながらワインを飲んでみた。
日本よりはるかに夏の日照時間が長いフランスでも、ゆっくりと夕食をとっていれば、食事が終わる頃にはさすがに日も落ち、昼間の真夏のような暑さが嘘のような心地よい風がロワールから吹いてくる。この町の長い歴史に思いを馳せつつ、最後は第二次大戦の爆撃後に復興された新市街の宿へ向かって歩こう。